ルネ・デカルト【RENE DESCARTES】

デカルトの肖像

ルネ・デカルト(1596〜1650年)は、一生涯をかけてヨーロッパを旅したひとだ。自分で調べ、中世からの知識はかならずしもアテにはならない、と見極めた。

そこでみずから旅と思索を開始する。まずは軍隊に入り、いろんな土地を体験した。のちにパリに数年住んだ。それからオランダで20年。哲学の本を書いた。

その後、スウェーデンの女王に招かれて同国へ移住する。このとき肺炎を起こし、54歳の若さで亡くなっている。

昔の本や感覚が語ることは頼りにならない。理性こそが僕らに確かな知識を与える。そう信じていた。

ソクラテスプラトンからアウグスティヌスをとおってまっすぐな線がデカルトへ伸びているようだ。

みんな合理主義者だ。理性は知識のたったひとつの源だ、と考えていた。

デカルトは近代哲学を体系化し、人間にわかることを規定、体と心の関係を解明しようとした

デカルトは近代哲学の基礎を固めた。

ルネサンス時代、自然と人間が再発見され、みんなが興奮状態にあった。それがおさまると、そのとき考えられたことを一貫した「哲学体系」にまとめる必要が生じる。この体系化にとりくんだ偉大な人物第一号がデカルトなのだ。その後、スピノザ、ライプニッツ、ロックバークリヒュームカントがつづく。

その昔、哲学体系をつくったのは、プラトンやアリストテレス、中世ではアクィナス。とくにルネサンスは、新旧の自然と科学、神と人間についての考え方が入り乱れ、収拾のつかない事態となっていた。

そこで、デカルトが最初に手をつけたのは、僕たちはなにを知ることができるのかという問題だった。

「僕たちの認識のたしかさ」。これを、自分たちの世代がまず第一にとりくまなければならないテーマとして掲げたのである。

次の問題は、「体と心の関係」。この2つはつづく150年間の哲学のテーマとなった。

徹底的な懐疑主義者でありながら、心とは何かという問題と真剣に向き合う

この2つの問題はこの時代にはありふれたものだった。

僕らがたしかな認識を手にできるかどうか、という問いを投げかけたのは、徹底した懐疑主義を主張するためだった。答えは最初から決まっていて、人間はなにも知らない、ということをあきらめて受け入れなければならない、というものだった。

懐疑主義をふりかざしながら、しかしデカルトはあきらめなかった。この時代、自然過程を正確に記述する新しい自然科学が登場していたから、哲学にも正確な方法はないものかと模索した。

自然科学は、物質や自然現象の本性を追求していた。唯物論で自然を理解する人が増えていた。だが機械論で自然を解釈するほど、体と心の問題は切実で抜き差しならないものになってくる。

17世紀まで魂は、生きとし生けるものすべてを生かしている生命の息吹と考えられていた。「魂」「精神」の本来の意味も「息」「呼吸」だ。

アリストテレスは、この魂をひとつの有機体のすみずみにまでいきわたった生命原理で、肉体から切り離すことなど考えられないなにかととらえていた。だから、アリストテレスは、植物の魂とか動物の魂といったのだ。

ところが17世紀になって、哲学者たちは心と体をすっぱりと切り離した。動物や人間の身体を含め、物質的なものはすべて機械的な過程で説明がつくとした。

しかしそうだとすると、心とは何だろうか。肉体という機械のどこにも属さないのか。精神的なものはどうやって機械的な過程を動かしているのだろう。こうした新たな疑問が生じたのだ。

魂と肉体のあいだにある境界を探るため、数学の手法を導入

デカルトはプラトンと同じように、精神と物質のあいだにはなにか不思議な関係と、明瞭な境界があると考えた。

プラトンは、魂がどうやって肉体に影響をおよぼすのかについての答えは見つけていない。デカルトは?

『方法序説』という本で、彼は哲学者がはっきりとした正確な認識にいたるには、込み入った問題をできるだけたくさんの部分にばらすことだ、と書いている。

そうすれば、いちばん単純な観念から出発できるからだ。単純な問題から始めれば、やがて複雑なものへと進んでいける。ただし、最後の最後まで丹念に検算しなければならないし、チェックしなければならない、と。

非常に数学的である。デカルトは数学の方法を哲学に応用しようとしていた。

『方法序説』ルネ・デカルト(1637年)

問いに対するデカルトの答え:確実なものは「(考える)わたし」と「神」の存在のみ

デカルトが辿り着いた答えとは?

「本当の意味で存在するのは何か」については、すべてを疑うことから始めた。感覚をとことん疑った。「覚醒状態と夢を確実に区別する方法などない」と彼は書いている。人生のすべてが夢でないと、どうして確信できるだろう?

なにもかもが疑わしいというゼロ地点から、デカルトはしかし、たったひとつ信じていいことがある、と思いついた。

それは、自分がすべてを疑っていることだった。疑わしい、と考えていることである。

そう考えている自分は確かに存在している。かの有名なラテン語の言葉がデカルトの口をついて出た。

「コギト・エルゴ・スム」(「われ思う、ゆえにわれあり」)

この直感のリアルさに彼は打ち震えた。この考える「わたし」は、わたしが感覚でとらえる物質世界よりもリアルだと認識した。

それからデカルトは、考える「わたし」と同じくらい直感的な確実なものはないかと考えた。すると「神」がみつかった。

神の観念は、気づいたときにはもうあった。そもそも「わたし」という不完全なものが完全という観念をつくりだせるはずがない。完全なものという観念は完全なものそのものから発現しているにちがいない。つまりは神から。

だから神が存在するということは「わたし」が存在することと同じくらいはっきりしている、と考えたのだった。

ここをデカルトの最大の弱点というひとは多い。推論を重ねた証明とは到底いえないからである。

でも彼は、円という概念に「円周上のすべての点は、円の中心から等距離にある」ということが含まれるのと同等に、完全なものという概念に「完全ものが存在する」ということが含まれると考えた。

完全なものにもっとも重要な特性は存在するということで、それを欠いていたら、それは完全なものではないからである。

デカルトの合理主義は、数学的に認識できる特性も確実な存在として認めた

言葉遊びのようにも思えるが、極端に合理主義的な考え方だ。

彼は先に進む。

感覚世界のすべてはただの夢か幻かもしれない。太陽の温度や海の色、花のにおいといった「質的特性」はあいまいな感覚器官によるもので、外の現実など表していない。

でも外の現実にも僕たちが認識できる特性はある。数学にかかわるもの、つまり長さや高さ、重さといった計ることのできる特性だ。

理性にとって、この「量的特性」は、わたしが存在しているのと同じくらい、はっきりしている。つまり、自然は夢ではないと。僕らが理性、つまり数学で認識することで現実と一致することには「神の保証」があると考えた。

完全な神が、僕たちをだますはずがないからだ。

二元論によって、外界の現実と思考のなかにある現実を区別する

ただし、外界の現実と思考のなかの現実の性質はまったく異なる。

デカルトは、2つの異なる現実「実体(スプスタンティア)」があると主張をはじめる。「思惟(しい)するもの」すなわち「精神」と、「延長(ひろがり)」すなわち「物体」である。

  • 思惟するもの = 精神
  • 延長(ひろがり)= 物体

両方の実体は神から出ており、それぞれ独立していると考えた。神の創造物を2つに分けたのだ。

デカルトは二元論者なのだ。だから動物のことを複雑なからくり人形だと考えていたのだろう(精神があるかもしれないということを否定はしなかった)。

デカルトにとって、延長(ひろがり)の世界は機械仕掛け。この点では完璧なる唯物論者だ。人間には精神と空間的な肉体がある。

そういえば、アウグスティヌストマス・アクィナスも似たようなことをいっている。「人間は動物のように肉体をもち、だけど天使のような魂ももっている」と。

精神は肉体から独立した存在であり、自分次第で理性的かつ精神的に生きられると主張

デカルトは肉体のどこかに精神があり、脳組織の松果体が両者を橋渡ししていると考えた。

松果体

デカルトは松果体の研究にとりくみ、そこを「魂のありか」と呼んだ。インド哲学(ヨーガ)では6番目のチャクラ(第3の眼)にあたる部分で、覚醒すればテレパシーなどの超能力が使えるようになるとされる。

このため両者は相互に働きかけあっており、身体の欲求に結びついた感覚や感情にたえずふりまわされている。しかし精神が主導権を握ることで「知的」にふるまえる。

憎しみや欲望などの下等の感情は身体の世界、延長の世界のものである。精神は身体から完全に独立しているのだから、自分を律することで理性的で精神的な人生を送れる。肉体は老いても理性は年をとらないし、ヨボヨボにもならない。こんなふうに考えたのだ。

デカルトの話は理解できても、僕らが直面している現実からは遠い

しかし実際問題として、人間の精神生活は身体活動からちっとも自由なんかではない。僕自身がそう感じるし、当時そう考える哲学者も少なくなかった。

決定論的に考えれば、すべては最初から決まっている、という発想だって生まれてくる。

こうした疑問に答えてくれるのがスピノザである。

 

 

つづく

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