20世紀の哲学~実存主義

20世紀に哲学はあるのか?

20世紀にも哲学はある。ありすぎて収拾がつかないくらいある。そのなかで、まっ先に挙げるべきなのは「実存主義」だろう。

実存主義者は、キルケゴール、ヘーゲル、マルクスらから影響

人間が現実に存在する状況を踏まえたいろいろな哲学をまとめて「実存主義」と呼ぶ。

実存というのは、「現実存在」あるいは「現実的存在」を縮めたもの。これまで哲学は人間や世界の普遍的な本質を解明しようとしてきた。実存主義はそういうものより、僕ら一人ひとりがいま現在、直面している現実を肯定し、認めるべきと考える。

ヒマワリ

漫画家の喜国雅彦さんが描いた『傷だらけの天使たち』で、「実存」ということばを初めて知ったひともいるだろう。僕もその口。

20世紀の実存哲学者や実存主義者のなかには、キルケゴールから出発した人たちがいるし、ヘーゲルマルクスの影響を受けている人たちもいる。

20世紀中盤に実存主義が人びとの関心を集めたのは、時代が必要としたということもあっただろうし、この次に紹介するサルトルという実存主義者の存在も大きかった。

ヒマワリ

実存主義が登場する直前、第一次世界大戦がありました。戦争では、国家の利益と都合だけが優先されます。国民はないがしろです。個人を置き去りにして発展してきたそれまでの哲学への反省も生じました。そこへ今度は第二次世界大戦。この戦争のあと、人びとの多くが、心のよりどころや生きる意味を見失い、途方に暮れていました。サルトルの思想はそんな人たちの実存を肯定し、人生の価値を認め、尊厳をとりもどす手助けをしたのではないかと思います。
ドイツのザ・ブリッツ後のロンドン

第二次大戦下、ドイツの大規模な空爆によって、メタメタに破壊されたロンドンの街

20世紀に絶大な影響力を誇った哲学者、ニーチェ

20世紀に影響力をふるった哲学者として見逃してはならないのが、ドイツのフリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)だ。ヘーゲル哲学とそこから生まれたドイツ歴史主義に反発。ヘーゲルとヘーゲル学派の歴史観は「貧血ぎみ」と批判し、清楚なものを賛美した。

ニーチェ

ニーチェ、31歳当時(1875年)

ニーチェが「いっさいの価値の転換」を求めたことはよく知られている。その第一の対象として選んだのは、キリスト教の道徳だった。彼はキリスト教の道徳規範を「奴隷の道徳」と呼んだ。

思うぞんぶん生きようとする強い者たちが、弱い者たち、つまり奴隷みたいな人たちにこれ以上足を引っ張られるようなことがあってはならない。そのために価値はくつがえさなければならない。

キリスト教も旧来の哲学も、現世にそっぽを向いて「天上界」や「イデア界」をめざす。どちらも「真の世界」と思われているけれど、本当はまぼろしである。

ニーチェは神を否定した。『ツァラトゥストラ』などの著書において、「神は死んだ」と宣言したことはあまりに有名。「大地に忠実であれ」と、ニーチェはいった。

「この世ならぬ希望を語る者に耳を傾けるな」(ニーチェ)

ヒマワリ

ニーチェの思想形成に大きな影響を与えたのは、哲学者ショーペンハウアーの著書『意志と表象としての世界』と、作曲家ワグナーとの出会い。『意志と表象としての世界』は、下宿していた古本屋で偶然買って読んだら虜になったそうです。僕もこの本を古本屋で見つけました。読んだら頭をガツンとハンマーで殴られたような衝撃でした。ニーチェに興味ある方はぜひご一読を。
哲学の本

ニーチェは『ヴェーダ』『ウパニシャッド』『スッタニパータ』といった古代インド思想に傾倒。ブッダを尊敬していました。西洋キリスト教文明がほんとに嫌いだったようですネ(笑)。「ヨーロッパはまだ仏教を受け入れるまでに成熟していない」と語っています。

実存主義の先駆者ニーチェの思想は、後進へと引き継がれる

ニーチェの時代、実存主義はまだ産声をあげてはいなかったが、能動的なニヒリズムを展開したニーチェはその後、神の存在を否定する実存主義の系譜における先駆者として位置づけられるようになる。

ヒマワリ

能動的なニヒリズムというのは、人間の存在や僕ら一人ひとりの人生に意味なんてまったくないけれど、神や教会にすがるのはもうやめにしよう、自分の力で人生を思いきり生きてやろうじゃないか、俺は全面的に肯定するぞ、というような雰囲気でしょうか。ちがってたらごめんなさい。

そのニーチェとキルケゴールの影響を受けたドイツ実存主義者が、マルティン・ハイデガー(1889〜1976年)だ。ここでハイデガーに寄り道するかどうか迷ったが、文脈を考えると実存主義者のリーダーと目されたサルトルの話に入るほうがいいだろう。

 

つづく

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