19世紀半ばの自然主義(ナチュラリズム)

人類の進化

マルクスは後半生の34年間、ロンドンに住んだ。1849年に移住し、1883年に死んだ。ダーウィンもそのころ、ロンドンの近くに住んでいた。

ヒマワリ

ダーウィンはビーグル号の航海から帰国後、晩年までずっと病気がちでした。喧騒がひどく衛生状態もわるいロンドンから逃れるため、1842年にロンドン近郊のダウン村へ引っ越しています。そのダウン村の自宅で1882年、息を引きとりました。

イギリスの偉大な人物として盛大に葬儀はいとなまれ、2人の亡骸はウェストミンスター寺院に葬られた。同じ時代に生きただけでなく、かかわりもあった。

マルクスは『資本論』をダーウィンに献呈しようとしたが、ダーウィンが断った、というエピソードは有名。歴史に果たした役割にも似たところがある。マルクスの友人フリードリヒ・エンゲルスは、

「ダーウィンが有機体の進化の理論を発見したように、マルクスは人類史の進化の理論を発見した」(エンゲルス)

と書いている。

もうひとり、ダーウィンに通じるところのある重要な思想家がロンドンにいた。精神科医のジークムント・フロイトだ。

ダーウィンより半世紀以上もあとではあるが、フロイトも晩年をロンドンで過ごした。フロイトは、ダーウィンの進化論は自分の精神分析と同じように、人類の「素朴な自己愛」にメスを入れた、と語っている。

自然主義(ナチュラリズム)の流れ

以上が19世紀中ごろから現在までつづく「自然主義(ナチュラリズム)」の流れである。

自然主義というのは、自然や感覚世界のほかには現実を受けいれまいとする態度のことだ。だから自然主義者(ナチュラリスト)は、人間も自然の一部として観察する。自然現象だけを頼みにし、合理主義の思弁や神の啓示はアテにしない。

19世紀半ばの哲学と科学のキーワードは、自然、環境、歴史、進化、成長である。

マルクスはいった。

「人間の意志は社会の物質的下部構造の産物だ」(マルクス)

ダーウィンはこんなふうに説明した。

「人間は長い生物学的な進化の結果だ」(ダーウィン)

無意識についてのフロイトの研究はこう訴えている。

「人間は本性のなかの動物的な衝動あるいは本能で行動することがある」(フロイト)

どれがいちばん胸に響いただろうか。残念ながら僕にはピンとこなかった。

3つとも、たしかに人間がもつある側面を正確に表わしている。でも彼らがいっているのは、血の通った僕ら一人ひとりの話ではない、と感じてしまう。

彼らの研究対象は「ヒト」という種(ホモ・サピエンス)であって、「ひと」ではないと感じるのだ。自分がよく知っている、あのひとのことでも、このひとのことでも、そのひとのことでもない、と。

人間の精神と肉体は、自然科学的な観察や分析で解明しきれるものではない、直感的にそう思い、またそうであってほしいと願うのは、はたして僕だけなのだろうか。

 

つづく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です