一番好きな絵本かもしれません。
文章はきわめてシンプルなのです。物語のふりだしは都会の駅。「おきゃくがのります ぞろぞろ ぞろぞろ」。帰省客とおぼしきたくさんのお客が特急列車に乗り込んでいきます。その後はページをめくるたびに「がたごと がたごと」がつづく。都会を離れて、目的地に着くと、お客は下車します。「おきゃくがおります ぞろぞろ ぞろぞろ」。たったこれだけ。
これを3度、繰り返す。
しかし楽しい。こんなに楽しいのは、絵に強烈なチカラがあるからです。画家の西村繁男さんが細部までていねいに、たぶん読者たる子どもたちの顔を思い浮かべながら、愛情たっぷりに描きこんでいったのでしょう、絵がとにかくすばらしい。
もちろん、すばらしいのは絵だけではありません。画家がぞんぶんにイマジネーションを開放して絵筆をふるえるのは、作家が創造した世界観があったればこそ。
『そらとぶアヒル』『さかさまライオン』『ともだちや』などで知られる絵本作家、内田麟太朗さんのシナリオがこれまた傑作なのです。
だってこのお話の乗客たち、終着駅に着くころには、化けの皮がはがれているのだもの。最初の電車のお客はみんな動物で、次の電車は乗客全員が妖怪で、その次は……内緒。
とにかく、始発駅で恋人と泣きながらサヨナラしていた若い娘がじつはろくろ首だったりというあんばいで、そういう仕掛けを見破るのがじつに楽しい。作者ふたりのにんまりした顔が目に浮かびます(笑)。
あ、そういえば、「距離に試されて、ふたりは強くなる」とかいう、JRのCMが昔ありましたね。シンデレラエクスプレス。知っていればぼくと同世代だ(笑)。
うちの娘は3歳から『がたごとがたごと』が大のお気に入り。いまでもたまに引っ張りだして眺めています。もちろん、おとなの鑑賞にも十分にたえうる。
ずいぶんまえですが、作家の内田さんにお会いしたことがあります。
内田さんは幼いころ実母を亡くし、そのあとやってきた継母から激しいイジメに遭って、故郷である炭鉱の街を捨て、都会へ出たそうです。そこで、職人の下働きなどをして、いろいろご苦労なさったとか。
そんな内田さんにとって、故郷はとても遠いものだったのかもしれませんね。ケモノやバケモノの世界のように。
それにしても、この本がいうように、いろんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)がぼくらの街に紛れこんで、人間のフリをして暮らしているのだとしたら……。
むふふ。ちょっと楽しいなあ。
『がたごとがたごと』文/内田麟太朗 絵/西村繁男
がたごとがたごと、れっしゃにゆられ、のをこえ、やまこえ、ずんずんいくと…。ふしぎな列車でござる。(「BOOK」データベースより)
お客がのります。ぞろぞろ、ぞろぞろ。がたごと、がたごと列車にゆられ、野をこえ、山をこえ、ずんずん行ったおくやま駅。ぞろぞろ、ぞろぞろ。降りてきたお客は…。ふしぎな列車のおはなしでござる。(「MARC」データベースより)